日本史研究之ブログ
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柳沢吉保・吉里の仁政と甲斐国の発展

 江戸時代の甲斐国は、幕府により最重要地の一つとして位置づけられていた。それは、江戸城において大事が起こった際は、甲斐の甲府城に引き退いて防衛しようという構想があったからだといわれている。そのため、甲斐国甲府藩は、江戸時代初頭より、徳川一門による親藩支配、城番制による幕府直轄支配が続いた。そんな中、唯一大名領国支配が行われたのが、将軍徳川綱吉の下で権勢をほしいままにし、時代劇等で悪役にされることが多い柳沢吉保とその子吉里の二代であった。
 柳沢氏は、武田氏庶流一条氏の支流で、武田氏に仕えた武士集団武川衆に属した。主家滅亡後、多くの武田旧臣が徳川家康に登用されたが、柳沢氏も同様に徳川氏に仕えた。
 吉保は、綱吉の下で異例の栄進をとげ、幕府の中枢に立つまでになったことで知られている。父は館林藩士であった柳沢安忠で、当時館林藩主を務めていた綱吉に仕えていた。そのため、吉保も小姓として綱吉に近侍した。延宝八年(一六八〇)、綱吉が五代将軍に就任すると、綱吉の寵愛を受けていた吉保は幕臣となり、小納戸を務め、元禄元年(一六八八)には側用人に任ぜられた。数度の加増に伴い、元禄七年には川越藩七万二千石を領し、老中格となった。その後大老格へと出世した吉保は、宝永元年(一七〇四)、川越藩から、これまで徳川一門しか封じられることがなかった甲府藩一五万石を領することとなった。その後、幕府領となっていた甲斐国谷村藩の郡内領が吉保預かりとなったため、その支配は甲斐一国に及ぶこととなった。
 柳沢氏による藩政がはじまると、その中枢となる甲府城の改修増築が着工された。元々甲府藩は親藩が封じられる場所で藩主が入国することがなかったため、殿閣等が設けられていなかった。当時、吉保自身も幕政に重心を置いていたため、甲斐国に入国することはなかったが、吉保は先祖代々ゆかりの地であるこの国を、子孫代々受領の地と望み、甲府城は殿閣をはじめ曲輪も増設された。
 吉保が、甲斐国を永領の地と望んだと考えられる政策は、柳沢氏の菩提寺として龍華山永慶寺を建立したことからも伺える。(同寺は吉保の子吉里が大和国郡山藩に転封した際に破却されたが、山門が甲府市の大泉寺に移築された。)
 さて、甲府城の改修にあわせて城下町の区画整備も進められた。これにより、市街は拡張され、甲府城改修増築の土木工事で景気づいていた城下は大変な賑わいをみせた。その様子を、儒学者荻生徂徠は『風流使者記』の中で、「城下の市街はよく整備され、商店にも多くの品物が並び、江戸と異なるところがない」と記している。商業・流通が活発となり、他国から多くの商人が甲府城下を訪れたという。
 宝永六年(一七〇九)、将軍綱吉の死去とともに、吉保は幕政の表舞台から潔く身を引き、その子吉里が甲府藩主となり、甲府城に入城し甲府藩最後の大名として十五年間にわたる藩政を行った。
 吉里の代表的な政策として、茅ヶ岳南麓の堰の開削事業が挙げられる。この地は、以前牧が置かれていたとされる台地で、水に乏しくしばしば水飢饉に苦しんでいた。この台地にあった三之蔵、宮久保、三ツ沢の村々のため、堰の開削を行った。この開削工事は難を極めたといわれているが、享保三年(一七一八)無事工事を完了させた。その結果、村々は飲料用水、灌漑用水に恵まれるようになり、二〇〇〇石を超える増収になったといわれている。用水に苦しんでいた村民らはこの開削事業の恩に感涙し、享保五年(一七二〇)に大穴口之碑を建立したという。
 吉保・吉里父子によるさまざまな政策により、甲斐国の商業・流通・農業生産は順調に発展していった。そのため、享保九年(一七二四)に、吉里が大和郡山藩への転封を命ぜられた際には、甲府城下は騒ぎとなり、領民は悲しみに陥ったという。
柳沢氏が去った後の甲府藩は、再び天領となり、甲府城に詰める甲府勤番による支配が行われることとなった。のちに領民は、二〇年余りの柳沢藩政を「よき時代」と思い巡らしたという。それは、ひとえに柳沢氏が甲斐国領内において仁政を施した結果によるものであった。悪役説とは程遠い優れた藩政を行った吉保の姿、人々をいたわりいつくしむ政治を行った吉里の姿は、甲斐国において名君として後世に伝えられていった。

〔参考文献〕
「山梨県の歴史」 磯貝正義・飯田文弥著 山川出版社
「山梨県の歴史」 飯田文弥・秋山敬・笹本正治・齋藤康彦著 山川出版社
「明日の山梨を拓く富士川の治水と甲斐の道づくり」 建設省甲府工事事務所創立七〇周年記念誌 建設省関東地方建設局甲府工事事務所
「甲斐武田一族」 柴辻俊六著 新人物往来社
「山梨郷土史研究入門」 山梨郷土研究会編 山梨日日新聞社

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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